幸福な日々

できれば人生楽しく生きたい!そんなウサコのあれやこれや

オーストラリアで手作り②アロエ化粧水〜前編

去年、夫の親友がくれたアロエベラ。

日焼けを起こして、元気がない時期もありましたが

今は順調に育っています(のはず)。

 

去年10月に母がうちに遊びに来た時、

「下の方の葉っぱがぶよぶよして来たら、切ったほうがいい。

そしたら、新しい葉っぱが育ってくる」

というようなことを言いながら、

そのぶよぶよした葉っぱを切ってスライスして刺身に調理。

ナタデココヨーグルト(懐かしい!)の味をなんとなく期待して食べたけど、

めちゃくちゃ苦い!

そっか、そもそもナタデココはアロエベラじゃなかったっけ。

それにしても苦い。

私は一口だけ食べて、ギブアップ。

こんもり皿に残ったアロエベラの刺身ちゃん。

母が責任を取って残りは全部食べてくれました。

命を粗末にするのはかわいそうだからねー。

 

あれから3ヶ月。

また下の方の葉っぱがぶよぶよしてきたので、いくつか切ることにしました。

でも、刺身にして食べたくない。。。

何かできないかとネットで調べてみたところ、

「アロエ美容法」なるものを発見。

josei-bigaku.jp

 

確かに、アロエベラの入ったハンドクリームや化粧品は聞いたことがあるような・・

火傷にもいいって言うし。

実際、子どもの頃、線香花火で火傷した時、

母がアロエをベロベロって塗ってくれたことあったっけ。

 

というわけで、アロエ化粧水を作ることに決定!

なになに、フェイスパックもできるらしい。

よーし、やってみよう!

 

切ったアロエベラの葉っぱは、3本。

根元に近い部分の幅は5cmくらいありました。

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皮をきれいに洗って、すりおろします。

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ものすごい、ねっとり感!

 

ガーゼで濾した後に残ったエキスがこれだけ。

80mlくらいかな。

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ガーゼの中に残ったカスを手の甲と腕に塗ってみたら

10秒もしないうちにチクチクしてきた。

もしかして私、アロエアレルギー??

ガーン。せっかく作ってるのに・・

 

すぐに水で流したら、心なしか肌がつるっとしっとりしてるような・・

肌が荒れるのはイヤだけど、この感じはイヤじゃない。

パッチテストはまた改めてすることにして、次することを確かめると

「アロエから出た液体をそのままにすると液体が分離するので、そのうわずみだけを取る」

 

え、うわずみ??

液体が分離するとは到底思えないほどドロドロの液体なんですけど???

 

絶対今夜中に分離することはない!と確信したので

とりあえず冷蔵庫に入れて、一晩待つことにします。

 

 

オーストラリアで手作り①ぜんざい

まずい・・・

前回ブログをアップしてから1年半近く経過していました。。

何を書いていいのか、わからなかったり、

何か面白いと感じることもあまりなかったので。

 

2018年は、あんまり活動的な一年じゃなかったな。

オーストラリア、田舎で面白くないと卑屈になってたり。。

 

でも、それであんまりいい気が巡ってなかったな、と反省。

楽しくなかったのは、楽しもうとしてなかったから。

楽しいも楽しくないも、自分次第。

当たり前のことなのに、すっかり忘れていました。

 

2019年は、行動する年。と考えて

やりたいことはなんでもやってみる、

生活を楽しむことにします。

 

まずは手始めに、今月は手作りに挑戦。

年末、帰省していた日本で久しぶりに餅つきをしました。

餅を捏ねる合間に、親戚みんなでつまみ食い。

大根おろしと醤油で。

ぜんざいで。

搗きたてのお餅は、やっぱりとっても美味しいですね。

 

その餅をオーストラリアに持ち帰ってきたので、

せっかくなので、ぜんざいを作ってみることにしました。

 

海外なので、小豆を入手するのが、本当に難しくて・・・

なんてことはなく、近所のショップであっさり購入。

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便利になりましたね〜。

特にオーストラリアは、アジアからの移民が多いからか

アジア系の食材が、ロンドンに比べて豊富なのが嬉しい。

 

小豆は一晩、水に浸して、圧力鍋で15分加熱。

一昨年のクリスマスに母から買ってもらった圧力鍋

VMF パーフェクトプラス圧力鍋 6.5L」、最近本当に大活躍です。

(お母さん、ありがとう❤️)

砂糖は少なめにして、甘さ控えめにしました。

 

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こうやって、ちょっとした毎日の楽しみを

今年は大事にしていこうと思います。

 

 

 


 

 

 

ビートル改造計画①

うちのダンナさんは、VWビートルマニアです。

とことん愛してます。

まぁ、要はオタクです。笑

 

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うちのビートル、52歳。

Gustav(グスタフ)言います。

(名前をつけています)

 

確かにハンサムなのです。

(私も負けずに惚れています)

 

Gustavは、以前住んでいたロンドンで購入したもので、

ダンナさんは、もう1台ビートルを持っています。

それは彼が学生だった頃、かれこれおよそ20年前

ボロボロだった白のビートル(63年製)を購入し

自分で組み立て直した代物です。

白のビートルは、地元オーストラリアに残したままだったのですが

この度、オーストラリアで暮らすことになり

これを売るか、キープするかで夫の家族の間で会議が開かれました。

 

売ってしまえ!それを売ってウサコの車を買えばええやん、と家族は強硬的。

私のダンナちゃん、おっとりして見えますが

実はなかなかの頑固者で頑として譲りません。

「修理して価値を高めてから売る」と家族をなだめすかすことに成功しました。

 

 

今のところ、まったく売る気はないけど(笑)

市場価値は確かに高まりそう。

 

私もいつかはビートル運転したいし。

 

ということで、ビートル・きれいきれい大作戦の開始〜!!

 

これが白のビートルの現在の状態です。

 

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ダッシュボードには、前の持ち主が描いたオーストラリアの大自然も。

 

今回、きれいきれい大作戦を行うにあたって

車体の色をどうするか、ダンナちゃん迷っていました。

白をそのままキープするのか、それとも色を塗り変えるか。

悩みに悩んだ結果、ブルーに変えることにしました。

私とダンナちゃんの一番好きな色・ブルー。

63年製のビートルの色見本を見て

Gulf Blueという色に変更することにしました。

 

完成するのは今年11月。

どんだけ時間かかんねん、って感じですが

ガレージの整備工の人たち、1台を一気に仕上げてしまうのではなく

いろんな車を交換しながら、ちょっとずつ手を加えていくから

これだけ時間がかかるらしいです。

これもまた、オーストラリア流なのでしょうかね〜。

 

仕上がりが楽しみです!

 

オーストラリアの中古車は高い

ブログを始めてから

5回だけ書いて、そのまま休眠。。

気づけば1年以上経っていました。

あぁ、恥ずかしい三日坊主。

その間に住む国も変わってしまいました。

 

これからまたしばらく無職だし、

ブログ再開しようと思います。

 

今年6月にオーストラリアに移住してきました。

夫が生まれ育ったアデレードという町です。

公共交通機関があまり発達しておらず車社会。

私の免許はオートマ限定のため、夫のマニュアル車を運転することができないので

私用の車を探し始めました。

車を使う機会は、買い物とかジムに通うとか、当面それくらいの用足しです。

そこに新車を買うのももったいないかな、ということで中古車を見始めたのですが

料金の高いこと!びっくりです。

 

私たちの希望はフォルクスワーゲンのポロかゴルフ。

2年落ち、3年落ちでも新車くらいの料金だし

14年落ちでも80万円くらいします。

安いので1994年製で20万円くらいかな。

23年ものが普通に売られているってのが、しかも20万円ってのが

どうも納得いかない。

 

結局、しばらくは自転車とバスを使うことにして

様子を見ることにしました。

 

アンティーク・マーケット

うさこは、ヴィンテージやアンティークなものが大好きです。

 

この週末、Battelsbridgeのアンティークセンターに行ってきました。

ロンドンから車で1時間くらいのところにあります。

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 この建物が「アンティーク・センター」。5階建てでした。

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この周りにもたくさんのショップがあって、まるでvillageみたいな感じ。

 

ミッドセンチュリーの家具と合わせてディスプレイされてるDenbyの食器とか

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ベティーちゃんとか

 

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太ったおばちゃんのセクシーポーズの人形とか

 

 

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これとか、超かわいいし。

 

 

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レトロな電話機とか

とっても素敵。

 

いろいろ買いたくなるけど、きょうは我慢。

 

建物5階のカフェで

紅茶とhomemadeのロールケーキを食べて帰りました。

 

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www.battlesbridge.com

 

 

 

 

就職活動③

なんやかんやで仕事、決まりました!

学生時代もそうだったけど、

数打ちゃあたる、よりも、狙い撃ち。

 

これで家賃もbillも払って

少しはダンナさんの負担を減らせるかな。

 

ロンドンの物価、特に家賃はとてつもなく高騰している。

家を買ってmortgage(住宅ローン)払った方が

家賃を払うより断然安いけど、

近い将来オーストラリアに移住することを考えている私たちには

その選択肢は今のところない。

 

もちろんロンドンで家を買って、オーストラリアに移住した時には賃貸して

家賃収入できればうれしいけど

そんな余裕は今の私たちのお財布にはない・・

 

とりあえず、仕事決まってよかった。

 

 

就職活動②

『人生は実験台だ』

『血を流しながら自分はその実験に臨む』*

岡本太郎さんの著書「自分の中に毒を持て」の中で語られていた言葉は

学生時代の私の頭に強烈に突き刺さりました。

そして、今も私の頭の中に残っています。

 (*表現は異なっていますが、内容はこういった内容でした)

 

1年後の32歳の夏。

私は海外に飛び出しました。

 

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これまでを振り返って

すべて正しいことをしてきたとは思いません。

間違いも犯しましたし

もっと違う風にできればよかったのに、と思うこともあります。

 

でも、後悔はしていないんです。

すべて自分で選んで

その時に心が一番求めることをしてきました。

 

自分も傷ついたし、ひとも傷つけました。

でも、この傷があるから今の私がいるんだと思います。

 

これまでの経験が一つでも欠けていたら、今の私はいないと思います。

だからすべての経験を誇りに思うし

これまで出会ったすべての人に感謝しています。

 

悲しい別れ方をしてしまった人たちもいます。

もう連絡を取ることも、会うこともない人たちもたくさんいます。

 

それでも、みんなに心からありがとうって言いたい。

 

仕事も。

ロンドンで3年半携わった仕事は、これまでとはまったく異なる業種でした。

正直、どうして私がこんな仕事しなきゃいけないのよってずーっと思っていました。

仕事を蔑んでいました。

ふて腐れた気持ちでいるから、ちょっとしたミスも多くて

そんな態度は上司にも見えていたらしく

何か大きなミスがあるといつも真っ先に私のせいにされました。

そして、さらに私はふて腐れてやる気もなくなり、ミスも続きました。

こんな悪循環が1年ちょっと続きました。

 

でも、ちょっとしたきっかけで

この仕事を真正面から受け止められるようになりました。

というよりも、自分のことを真正面から見つめられるようになりました。

 

それまでの私は、プライドが高かったのです。

「できない」って言えなかったんです。

自分はできる人間だと思っていたのです。

「わからない自分」がいちゃいけないって思っていたんです。

 

でも、まったく初めての業種。

わからなくて当然。できなくても当たり前。

 

そのことにやっと気付きました。

素直に「わかりません。教えて下さい」って言えるようになったら

仕事はスムーズに行き始め、

同僚からも上司からも信頼を得られるようになりました。

毎日が楽しくなりました。

 

40年余り生きてきた中でむくむくと育ってしまったプライド。

凝り固まったこの重たい鎧を脱ぎ捨てることが難しかった。

でも、一度脱いだらなんと自由なことでしょう。

もっと自由に呼吸ができて、もっともっと広がっていく感覚を覚えます。

 

人はいつでも成長できる。

40歳は不惑の年。

でも心はずっとふわふわ自由でいたい。

じゃないと、人生つまらないよ。